今回は「オゾン層破壊」について考えてみたいと思います. 「オゾン」とは何かということから考えます.「オゾン」は大気中に約20%存在する酸素と同じ酸素原子が集まって形成された物質です.酸素は酸素原子2個で構成されていますが,オゾンは酸素原子3個で構成されています.酸素は「O2,オーツー」,オゾンは「O3,オースリー」と表現します. オゾンは大気中の酸素分子に紫外線が当たると生じますが,酸素と違い,特有のにおいのある気体で殺菌・漂白作用があり生物には有害な物質です.身近なところにもオゾンは存在しています.例えばコピー機周辺で何となく変な臭いがした経験はないでしょうか.あの臭いはオゾンからのものです. セレンのような感光性半導体に光を当てると,光の当たった部分だけが電気を通すようになります.この原理を利用したのが電子コピーで,例えば文字の形の部分だけを帯電させることができます.帯電した部分にトナーと呼ぶ黒い微細な粉末を近づけると帯電部分の形をトナーが再現します.この帯電という操作に高圧の静電気を用いているためオゾンが発生することがあります(最近のコピー機はほとんど発生しないそうです). ところで大気中のオゾンの約90%が地上から10〜50km上空の成層圏と呼ばれる領域に集まっています.この成層圏のオゾンを「オゾン層」と呼んでいます.オゾン「層」と呼んではいますが1気圧,0℃の条件下でオゾンだけを集めた層に換算するとその厚さは約3mm程度と想像以上に薄いものです. たった3mm厚のオゾンが存在しているに過ぎない「オゾン層」が生物に有害な紫外線をさえぎる性質があり,私たちを有害な紫外線から守ってくれています.いかに地球上の生命が微妙な自然界のバランスの中で巧妙に守られているかに驚かずにはいられません. やや専門的になりますが上空のオゾンの総量をオゾン全量と呼びます.オゾン全量は仮に上空のオゾンを地上に全て集めたとした時の厚さで表します.300m atm-cmが3mmの厚さに相当します.日本でのオゾン全量の観測データの一例を示します. 1960 1970 1980 1990 2000札幌 370-380 360-370 360-370 350-360 340-360 筑波 315-320 310-320 310-320 310-315 305-310 鹿児島 - 290-300 290 285-290 285那覇 - - 260-270 260-270 260-270(出典:気象庁ホームページhttp://www.data.kishou.go.jp/obs-env/hp/3-20ozonelayer.html) 上記のデータからオゾン層厚は極に近い地方では値自体が大きく,しかも減少傾向が明確に観測されていることが理解できます.通常は季節変動もあり夏場のオゾン全量は高く,冬場には低くなる傾向があります.国内のオゾン全量データを見る限り,オゾン全量が低い南の地域での低下は顕著ではないとも言えなくはありません. しかし,地球規模で見ると問題はより深刻となります.それが「オゾンホール」と呼んでいる問題です.これは,オゾン濃度の極端に低い場所が主に南極に発生するもので,その規模が次第に大きくなっている,と言われています. 面積(万km2) 南極大陸面積に対する比1980 100 0.1 1985 1700 1.21990 2000 1.41995 2250 1.62000 2800 2.1 このような現象が「オゾン層の破壊」と呼ばれています.この破壊のメカニズムとその影響についてはカリフォルニア大学のF.S.ローランド教授とM.J.モリナ博士らが科学雑誌『ネイチャー』の「環境中のフルオロクロルメタン類」という論文の中で報告しています. エアゾール噴射剤や冷蔵庫の冷媒として使用されているCFC(クロロフルオロカーボン)が大気中に放出されると,分解されず成層圏にまで到達,そこで紫外線を受けて分解し,塩素原子が生成する.この塩素原子が成層圏のオゾン層を連鎖的に破壊する結果,オゾンが減少して地球に届く紫外線が増え,皮膚がんの増加や生態系への影響がでる可能性が高いことを指摘しました. この悪玉視されているCFCは,もともと安全な冷媒として使える無害な物質を探している過程で見出された夢の化学物質で,実際,「奇跡の分子」と呼ばれ,広く使われるようになった物質です.代表的なものが米デュポン社とGE社が共同で開発した「フレオン」(商標名)です.かつて家庭用冷蔵庫の液体冷媒はアンモニアが使われていましたが,すぐにフレオンに切り替わりました.もちろん自動車エアコンの冷媒もフレオンになりました. 日本では「フロン」ガスと呼んでいますが,この呼称は日本で最初に生産した現在のダイキンがフレオン(FREON)からEを取ってフロン(FRON)とした登録商標に由来しています.したがって「フロン」は日本独自の名称です.ちなみに,正式にはCFC(クロロフルオロカーボン),HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン),HFC(ハイドロフルオロカーボン)等という成分を表記する名前で呼ぶことになります. ちなみに最後のHFCが代替フロンで,現時点では地球に優しいフロンと言われています.生産量も1990年以降飛躍的に増加しています.ただし,このフロンはオゾンは破壊しませんが,二酸化炭素の約3000倍の地球温暖化効果があると言われており,理想的なフロンということはないようです. 世界における主要なフロン生産量の推移(単位:千トン) CFC-11 CFC-12 CFC-113 HCFC-22 HCFC-141b HFC-134a 1940 181 4,5361950 6,623 34,5641960 49,714 99,428 1970 238,136 321,099 56,0711980 289,619 350,219 103,667 126,3231985 326,814 376,339 187,011 153,4321990 232,916 230,950 174,801 213,714 99 1891995 32,683 82,822 23,321 243,468 113,154 73,7691999 12,871 27,132 1,000 252,375 132,355 133,662(出典:The Alternative Fluorocarbons Environmental Acceptability Study(AFEAS)) オゾン層破壊の問題はある一つの教訓を与えてくれます.すなわち,安全な物質と信じられていたものが,地球規模で見た場合には別のリスクを与える可能性があるということです. 例えば,夢のエネルギー物質として着目されている「水素」も全ての面で理想的ということではありません.昨年6月に発行された『サイエンス』誌で,米国・カリフォルニア工科大学の研究者らは水素の利用は必ずしも環境にとって完全に無害だとは限らないことを指摘しています. 当然と言えば当然のことなのですが,水素の一定比率(この推定が難しいのですが)は環境へ漏出すると推定されています.漏出した水素は比重が軽いため,現在の2〜3倍の水素分子が成層圏に入り込むことを指摘しています.この結果,下部成層圏の温度が下がってオゾンの化学反応が乱れが生じ,オゾン量が減少する可能性があることが指摘されています. 水素の漏洩率を低減できれば問題視することもないように思いますが,水素の利用が広がれば広がるほど,現時点では気づかないリスクが増える可能性があることは常に忘れてはならないように思います. |